研究会・研究発表の記録(2009年4月~2010年3月)
緊急研究集会「支援の現場と研究をつなぐ:2009年9月西スマトラ地震におけるジェンダー、コミュニティ、情報」
- [企画][支援と復興]
- 日時:2009年11月25日
- 会場:東京大学駒場キャンパス
- 主催:東南アジア学会
- 共催:
JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」(グループ4-2「地域文化に即した防災・復興概念」)
文部科学省「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」「人道支援に対する地域研究からの国際協力と評価――被災社会との共生を実現する復興・開発をめざして」
地域研究コンソーシアム(社会連携研究会/地域研究方法論研究会)
京都大学東南アジア研究所(公募共同研究「アジアにおける大規模自然災害の政治経済的影響に関する基礎的研究」)
- 後援:
特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム
- 趣旨:
9月30日にスマトラ島沖を震源として発生した大地震により1100人以上が死亡し、さらに多くの負傷者が出ています。また、家屋、病院、学校を含む13万棟以上の建物が倒壊し、住む家を失った多くの人びとが建物の崩落や地滑りを恐れて避難所で過ごしています。被災から3週間を迎え、被災地のパダン市では電気の95%、水道の85%が復旧しましたが、被災地はこれから長い復興再建の道を歩むことになります。
この地震は人命や財産だけでなく、西スマトラ地域の、ひいては東南アジアの人びとにとって自らの精神的な拠り所となる文化遺産も奪いました。この地域がイスラム教を受容してから約300年にわたって民間で伝えられてきた貴重な文献数十万点が地震や地滑りで失われ、また、博物館では宋代以降に中国や日本から伝えられた陶磁器の半数が失われたとも報じられています。世界各地と繋がっていた過去を失うことで、世界における自らの位置づけを見失う恐れが指摘されています。
東南アジアを研究する学徒として、あるいは隣人として、被災地域の人びとに何らかの救援をと思わざるをえません。ただし、被災直後の現場に身を置くことによってではなく、緊急対応から復興再建への移行を念頭に置いて、専門性を活かした関わり方として研究集会を開催することにしました。
災害は、人命や財産を失う忌まわしい出来事であるとともに、社会が抱える潜在的な課題や矛盾を露呈する契機になるという一面も持っています。その社会に属する人びとには慣習や禁忌として変更不能と映っていたことが、緊急・復興支援という名による外部社会からの働きかけが可能になり、状況改善の契機がもたらされるという捉え方です。災害によって「壊れたものを直し、失われたものを与える」あるいは「被災前に戻す」だけではなく、災害を契機によりよい社会を作るような支援があり得るはずです。
今回の震災では、西スマトラ社会(あるいはインドネシア社会)が潜在的に抱えるどのような課題や矛盾の一端が明らかになり、そこにどのように働きかけることによって人びとがよりよい社会を作るのを手助けできるのか。このことを考える上では、被災や救援の「現場の情報」と、研究者が蓄積している「研究の情報」とを結び付ける必要があります。
この研究集会では、被災直後の救援活動で現地入りした人道支援関係者による「現場の情報」と、時間と空間の両面から被災地をより広い文脈において捉えてきた研究者による「研究の情報」を繋ぐことで、西スマトラ社会(あるいはインドネシア社会)に関する学術研究に新しい展開がもたらされるとともに、被災を契機によりよい社会を築こうとする人びとにとって適切な支援のあり方が得られることを期待しています。
よく知られているように、西スマトラ地域の多数派を占めるミナンカバウ人社会は母系制の社会であり、家や土地を女性が相続し、男性は生計を求めてよその土地に旅に出る慣行があります。このような社会で住宅再建や起業支援においてジェンダーの要素がどのような影響を与えるのかは、実践の上でも学問の上でも十分検討に値する事例でしょう。また、域外に出る男性たちに目を向けるならば、ミナンカバウ人のネットワークを通じてインドネシア全土から西スマトラ地域へ届けられる支援を見ることができます。行政が領域に対する支援を行うのに対し、個別の繋がりによって域外から支援が届けられる状況は、被災地のコミュニティにどのような影響を与えるのか。さらに、近年では男性たちが域外に働きに出るのに対し、女性たちは近郊の都市に働きに出て、山間部では高齢者と子どもが世帯を構成するという状況も多く見られます。男性がよその土地に出る慣行を含めて人口流動性が高い社会をどのように捉えるかは、緊急・復興支援に限らず、インドネシアや東南アジアの他の社会と関わる上で重要な示唆を与えてくれるはずです。
「現場の情報」と「研究の情報」を結ぶことは、緊急時に全体像をどのように把握するかという問題とも関係しています。被災地入りした救助隊が被害の全体像が掴めないために救助活動の展開に苦労したと伝えられているように、大規模自然災害などの緊急時には全体像を把握する情報収集と伝達が極めて重要になります。現場に入る人が効果的に活動するためにはどのような情報収集が必要なのかという観点からも、「現場の情報」と「研究の情報」の繋ぎ方を考えたいと思います。
- プログラム:
趣旨説明:山本博之(京都大学)
第1部「現場の情報――被災と救援」
「2009年西スマトラ地震 被害と救援の概要」西芳実(東京大学「人間の安全保障」プログラム)
「難民を助ける会 西スマトラ沖地震緊急支援概要」野際紗綾子(難民を助ける会)
「ピースウィンズ・ジャパンの西スマトラ対応」國田博史(ピースウィンズ・ジャパン)
第2部「研究の情報――社会と文化」
「現代ミナンカバウ社会におけるイスラームとアダット」服部美奈(名古屋大学)
「ジェンダーの視点からみた西スマトラ村落コミュニティ」山田直子(東北大学)
第3部 討論
コメント:
加藤剛(龍谷大学)
林勲男(国立民族学博物館)
総合討論
ワークショップ「古都の震災:2009年9月西スマトラ地震で壊れなかったもの」
- [企画][支援と復興/災害対応と情報]
- 日時:2009年11月22日
- 会場:京都大学
- 主催:
京都大学東南アジア研究所(公募共同研究「アジアにおける大規模自然災害の政治経済的影響に関する基礎的研究」)
京都大学地域研究統合情報センター(地域研萌芽「地域情報学の表現形態に関する研究」)
- 共催:
JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」(グループ4-2「地域文化に即した防災・復興概念」)
地域研究コンソーシアム(地域研究方法論研究会)
- 趣旨:
- プログラム:
趣旨説明:山本博之(京都大学)
第1部「被害と緊急対応」
「西スマトラ地震の被害状況――防災の観点から」後藤洋三(東京大学地震研究所)
「西スマトラ地震における現地社会の対応」西芳実(東京大学「人間の安全保障プログラム」)
「西スマトラ地震被災者支援――NGOの視点から」折居徳正(日本国際民間協力会(NICCO))
コメント:加藤剛(龍谷大学)
第2部「防災における情報技術の活用」
「パダンの都市形成と建築遺産――震災復興にむけて」村松伸(総合地球環境学研究所)・谷川竜一(東京大学生産技術研究所)
「災害地域情報のデジタル・アーカイブ化」山本博之(京都大学)
「津波避難シミュレーションの防災教育への適用」後藤洋三(東京大学地震研究所)
コメント:牧紀男(京都大学防災研究所)
シンポジウム「東南アジアとヨーロッパのリージョナリズム:相関地域研究の試み」
- [参加][社会の再編]
- 日時:2009年11月1日
- 会場:東京大学駒場キャンパス
- 主催:京都大学東南アジア研究所(公募共同研究「アジアにおける大規模自然災害の政治経済的影響に関する基礎的研究」)
- 共催:京都大学地域研究統合情報センター共同利用研究「リージョナリズムの歴史制度論的比較」(代表:小森宏美)
- プログラム:
「災害復興を契機にした地域アイデンティティの再編:インドネシア・アチェ州の事例から」西芳実(東京大学「人間の安全保障」プログラム)
ワークショップ「防災・復興・災害研究への総合的アプローチ:2009年西ジャワ震災の事例から」
- [企画][支援と復興]
- 日時:2009年9月26日
- 会場:東京大学地震研究所
- 主催:京都大学東南アジア研究所(公募共同研究「アジアにおける大規模自然災害の政治経済的影響に関する基礎的研究」)
- 共催:
地域研究コンソーシアム(地域研究方法論研究会)
JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」(グループ4-2「地域文化に即した防災・復興概念」)
- 趣旨:
このワークショップでは、2009年9月2日に発生したインドネシア・ジャワ島南方沖の地震(西ジャワ震災)の事例をもとに、双方に意味のある形で工学・防災研究と地域研究を結び付け、さらにその成果を科学技術協力に結び付ける方法を検討する。
開発途上国への技術支援は、先端技術を用いた施設・設備の開発途上国への供与と、その施設・設備を有効に利用できるような開発途上国の専門家の育成の組み合わせによって行われるのが一般的である。供与した施設・設備が十分に利用されない場合には、現地社会の技術レベルや意識の低さに原因があると考えられ、この理解に基づいてさらなる技術協力が行われてきた。
ここでは、国際的(普遍的)である近代科学技術と在地(固有)の技術が対比的に捉えられている。しかし、近年ではこの二項対立で捉えられない状況が生じている。2004年スマトラ沖地震津波の際にインドネシア・アチェ州で「トルコ村」「中国村」と呼ばれる大規模な復興住宅地が作られたことにも見られるように、かつて経済援助や技術協力の受け手だった国々が国際的な人道支援や技術協力に参入し始めている。このため、支援や協力の現場では、欧米や日本などの先進諸国のあり方が唯一の国際的なあり方ではなくなる状況が生じている。
このような状況で、例えば防災分野で日本がこれまで蓄積してきた知見や経験を活かして国際的な技術協力を行おうとしたとき、相手側に最先端の科学技術を提供するだけでは不十分であり、現地社会の文脈に合わせて「改造」を施した上で提供する必要がある。その際には、現地社会における慣行を何でもそのまま受け入れるのではなく、現地社会の将来の方向性を見据えた上で介入のあり方を決める必要がある。
他方、地域研究者は、研究対象である地域社会に積極的に働きかけて変化をもたらすことに対してこれまで必ずしも積極的ではなかった。しかし、自然災害はその社会が従来から抱えていた課題を目に見えやすい形で示す機会となり、しかもその社会の住民が復興・再建を通じてよりよい社会の実現を目指していることから、積極的に介入することで対象社会をよりよい方向に変革させる好機であるとも言える。
また、地域研究者は対象地域社会の固有性に目を向けがちであり、個々の事例を見たときに対象地域社会の固有性から説明しがちである。これに対し、災害対応においては、その地域社会の固有性の表われだと思っていたものごとが他の地域社会でも広く見られることであるとの指摘を工学・防災研究や人道支援の専門家から受け、それが対象地域社会の固有性を捉えなおす機会になることがしばしばある。このことは災害対応に限られたことではないが、災害対応ではモノが壊れて直すというサイクルを扱うことと、災害対応は社会のほぼすべての構成員がいっせいに関わる出来事であることから、他地域との比較が行いやすくなると考えられる。
このワークショップでは、災害地域情報を橋渡し役にすることで、地震研究者と東南アジア研究者を結びつけることを試みる。その上で、両者の連携から得られた知見を科学技術協力に結び付ける方法についても議論したい。
- プログラム:
司会:山本博之(京都大学)
報告:
「インドネシアにおける地震火山の総合防災策―科学技術協力を通じた国際協力」佐竹健治(東京大学地震研究所)
「2009年ジャワ島南方沖の地震―地震の仕組みと特徴」加藤照之(東京大学地震研究所)
「2009年西ジャワ震災に見る災害対応と防災意識」西芳実(東京大学「人間の安全保障」プログラム)
「経済の被災から被災の経済へ―西ジャワの文化・社会・経済」水野広祐(京都大学東南アジア研究所)
討論