研究会の記録(「実践的活用」班による研究集会)
- 支援の現場と研究をつなぐ――2009年西スマトラ地震におけるジェンダー、コミュニティ、情報
- 日時:2009年11月25日(水)午後2時~5時
- 会場:東京大学駒場キャンパス18号館ホール(京王井の頭線駒場東大前駅下車)
- 共催:JST-JICA地球規模課題対応国際科学技術協力事業「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」(グループ4-2「地域文化に即した防災・復興概念」)、文部科学省「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」「人道支援に対する地域研究からの国際協力と評価――被災社会との共生を実現する復興・開発をめざして」、特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム、地域研究コンソーシアム(社会連携研究会・地域研究方法論研究会)、京都大学東南アジア研究所(公募共同研究「アジアにおける大規模自然災害の政治経済的影響に関する基礎的研究」、東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム
内容
司会・趣旨説明: 山本博之(京都大学地域研究統合情報センター准教授)
第1部 現場の情報――被災と救援
1.「2009年西スマトラ地震 被害と救援の概要」
西芳実(東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム助教)
2.「難民を助ける会 西スマトラ沖地震緊急支援概要」
野際紗綾子(難民を助ける会 シニア・プログラム・コーディネーター)
3.「ピースウィンズ・ジャパンの西スマトラ対応」
國田博史(ピースウィンズ・ジャパン 尾道事務所所長)
第2部 研究の情報――社会と文化
1.「現代ミナンカバウ社会におけるイスラームとアダット」
服部美奈(名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授)
2.「ジェンダーの視点からみた西スマトラ村落コミュニティ」
山田直子(東北大学国際交流センター講師)
第3部 討論
1. コメント 加藤剛(龍谷大学社会学部教授)
2. コメント 林勲男(国立民族学博物館准教授)
3. 総合討論
趣旨
9月30日にスマトラ島沖を震源として発生した大地震により1100人以上が死亡
し、さらに多くの負傷者が出ています。また、家屋、病院、学校を含む13万棟以
上の建物が倒壊し、住む家を失った多くの人びとが建物の崩落や地滑りを恐れて
避難所で過ごしています。被災から3週間を迎え、被災地のパダン市では電気の
95%、水道の85%が復旧しましたが、被災地はこれから長い復興再建の道を歩むこ
とになります。
この地震は、人命や財産だけでなく、西スマトラ地域の、ひいては東南アジアの
人びとにとって自らの精神的な拠り所となる文化遺産も奪いました。この地域が
イスラム教を受容してから約300年にわたって民間で伝えられてきた貴重な文献
数十万点が地震や地滑りで失われ、また、博物館では宋代以降に中国や日本から
伝えられた陶磁器の半数が失われたとも報じられています。世界各地と繋がって
いた過去を失うことで、世界における自らの位置づけを見失う恐れが指摘されて
います。
東南アジアを研究する学徒として、あるいは隣人として、被災地域の人びとに
何らかの救援をと思わざるをえません。ただし、被災直後の現場に身を置くこと
によってではなく、緊急対応から復興再建への移行を念頭に置いて、専門性を活
かした関わり方として研究集会を開催することにしました。
災害は、人命や財産を失う忌まわしい出来事であるとともに、社会が抱える潜
在的な課題や矛盾を露呈する契機になるという一面も持っています。その社会に
属する人びとには慣習や禁忌として変更不能と映っていたことが、緊急・復興支
援という名による外部社会からの働きかけが可能になり、状況改善の契機がもた
らされるという捉え方です。災害によって「壊れたものを直し、失われたものを
与える」あるいは「被災前に戻す」だけではなく、災害を契機によりよい社会を
作るような支援があり得るはずです。
今回の震災では、西スマトラ社会(あるいはインドネシア社会)が潜在的に抱
えるどのような課題や矛盾の一端が明らかになり、そこにどのように働きかける
ことによって人びとがよりよい社会を作るのを手助けできるのか。このことを考
える上では、被災や救援の「現場の情報」と、研究者が蓄積している「研究の情
報」とを結び付ける必要があります。
この研究集会では、被災直後の救援活動で現地入りした人道支援関係者による
「現場の情報」と、時間と空間の両面から被災地をより広い文脈において捉えて
きた研究者による「研究の情報」を繋ぐことで、西スマトラ社会(あるいはイン
ドネシア社会)に関する学術研究に新しい展開がもたらされるとともに、被災を
契機によりよい社会を築こうとする人びとにとって適切な支援のあり方が得られ
ることを期待しています。
よく知られているように、西スマトラ地域の多数派を占めるミナンカバウ人社
会は母系制の社会であり、家や土地を女性が相続し、男性は生計を求めてよその
土地に旅に出る慣行があります。このような社会で住宅再建や起業支援において
ジェンダーの要素がどのような影響を与えるのかは、実践の上でも学問の上でも
十分検討に値する事例でしょう。
また、域外に出る男性たちに目を向けるならば、
ミナンカバウ人のネットワークを通じてインドネシア全土から西スマトラ地域へ
届けられる支援を見ることができます。行政が領域に対する支援を行うのに対し、
個別の繋がりによって域外から支援が届けられる状況は、被災地のコミュニティ
にどのような影響を与えるのでしょうか。
さらに、近年では男性たちが域外に働きに出る
のに対し、女性たちは近郊の都市に働きに出て、山間部では高齢者と子どもが世
帯を構成するという状況も多く見られます。男性がよその土地に出る慣行を含め
て人口流動性が高い社会をどのように捉えるかは、緊急・復興支援に限らず、イ
ンドネシアや東南アジアの他の社会と関わる上で重要な示唆を与えてくれるはず
です。
「現場の情報」と「研究の情報」を結ぶことは、緊急時に全体像をどのように
把握するかという問題とも関係しています。被災地入りした救助隊が被害の全体
像が掴めないために救助活動の展開に苦労したと伝えられているように、大規模
自然災害などの緊急時には全体像を把握する情報収集と伝達が極めて重要になり
ます。現場に入る人が効果的に活動するためにはどのような情報収集が必要なの
かという観点からも、「現場の情報」と「研究の情報」の繋ぎ方を考えたいと思
います。
報告要旨