雑誌記事データベース
20世紀のマレー語定期刊行物
右の図は、20世紀前半にマラヤとシンガポールで刊行されたマレー語の定期刊行物を刊行が早い順に並べたものです。一番上にあるのは「アル・イマーム」(al-Imam)で、1906年に創刊され、1908年まで刊行が続きました。
赤色や緑色の横棒の長さは、それぞれの雑誌が刊行されていた期間を示しています。また、横棒の色は、その雑誌に使われていた文字を示しています。緑色はジャウィ、赤色はローマ字、黄色は両方です。
この図を見るといろいろなことがわかります。20世紀初頭のマレー語雑誌のほとんどはジャウィで書かれており、ローマ字が増えるのは日本占領期を経た1946年以降であること。ほとんどの雑誌は短命で、創刊から1、2年で停刊になっており、10年以上続く雑誌は数えるほどしかないこと。しかし、1つの雑誌が停刊になると別の雑誌が創刊され、日本占領期を例外として、どの期間をとってもマレー語雑誌が刊行されていない時期はなかったこと。
また、この図だけからはわかりませんが、いくつかの雑誌を読んでみると、異なる雑誌どうしで互いに参照したり批判したりしていることもわかります。
これらのことから、マレー語の雑誌は、1つ1つのタイトルを見ると短命でも、複数の雑誌が集まって全体で「マレー語雑誌」という1つの言論の場を作っていたことがわかります。
そうだとすれば、1つの雑誌だけ取り出して読むだけでは、その雑誌が出されていた時代の様子を知るには不十分だということがわかるでしょう。
ただし、複数の雑誌を通して読むのは容易なことではありません。図書館などに雑誌が体系的に集められているとは限らないためです。
ジャウィ雑誌記事データベース
この問題を解消する1つの方法は、マレー語雑誌をデジタル化して、記事内容や本文で検索可能な状態にしたものを作り、それをインターネット上で横断検索するシステムを作ることです。この方法は、いくつもの利点があります。第1号から第10号まではこの図書館、第11号から第20号まではあの図書館に所蔵されているというように分散して所蔵されている資料でも、インターネット上で統合して参照することが可能になります。また、この方法では各機関や個人によって所蔵されている資料を物理的に収集する必要がないため、資料をもともとの所有者のもとに置いたまま参照することが可能です。
この研究会では、そのような横断検索システムのプロトタイプを作るため、京都大学地域研究統合情報センターの地域情報学プロジェクトとの連携により、20世紀のマレー世界における主要なマレー語雑誌を収集し、デジタル化を進めています。これまでにシンガポールの『カラム』(Qalam)とインドネシアの『ワクトゥ』(Waktu)のデジタル化を進めてきました。このほかに以下の雑誌を収集し、デジタル化する準備を進めています。
Jawi Peranakkan(一部収集済み、1887-1890)al-Imam(一部収集済み、1906/07-1908/11/25)
al-Munir(一部収集済み、1911-1915)
Pengasoh(一部収集済み、1924-1952;1954-1970)
Hiburan(一部収集済み、1946-1948:1950-1952)
Mastika(一部収集済み、1962)
Dian(一部収集済み、1961-1972)
これらの雑誌については、デジタル化と検索用データの作成が終わりしだい、京都大学地域研究統合情報センターの雑誌データベースによって公開します。