物語文化圏と東南アジア 研究ユニット
東南アジアのナショナリズムは植民地からの独立革命の側面を強調してきた。ナショナリズムが含む〈まとまり〉と〈戦い〉の二面のうち、20世紀前半には脱植民地化という目前の課題のために〈戦い〉に関心が集中した。しかし、ナショナリズムの本質が異質な他者を包摂した共同体の拡大にあると考えるならば、東南アジア各地の伝統的な共同体が国民共同体になり、さらにいまASEAN共同体に向かおうとしていることは、独立後の今日もナショナリズムの展開途上にあり、そこには常に越境性と混血性が伴うとする理解が可能になる。
アジアのナショナリズムでは、留学などを通じて西洋文化に触れたエリートが西洋の近代的思想を取り入れて祖国の改革を志し、新聞・雑誌や小説などの印刷メディアを通じて同国人に改革思想を広めたと理解される。これは改革思想の起源に関しては重要な指摘だが、文字情報という制約のため、改革思想や同国人意識の伝播という点では十分ではなく、この点について多様な背景を持つ人々を包摂する側面に十分に注意が払われてきたとは言えない。
映画は、1890年代に発明され、20世紀半ばに東南アジアの多くの国で大衆娯楽になった非文字メディアである。今日では映画の多くは国別・言語別に作られ、伝統芸能と切り離して見られがちだが、東南アジアでは域内各地の伝統芸能の形式や内容を織り込みつつ国を越えて影響しあって映画が製作・流通されていた歴史があり、東南アジアに物語文化圏が形成されている(あるいは、複数の物語文化圏が部分的に重なり合って全体で東南アジアという1つの物語文化圏を形成している)と考えられる。
物語が地域を越えメディアを変えて伝わる過程で、地域性や時代性を取り込みつつ、それぞれの国・地域で人々に広く受け入られる物語として成立していくとともに、それが相互に参照されることにより、国境を越えた物語文化圏の存在が意識されていく。この研究ユニットでは、映画の製作・流通の国境を越えた広がりや、形式・内容における映画以外のメディアとの関係に目を向け、東南アジアにおける物語文化圏を捉えることを試みる。
メンバー
山本博之
篠崎香織
西芳実
研究発表
2016/06/04
山本博之「フィリピンのゲイ・コメディ映画に投影された家族のかたち」
東南アジア学会第95回研究大会パネル6「メディアを通した文化表現の地域性を考える」
大阪大学豊中キャンパス