わすれな月2021 ヤスミン・アフマド監督追悼上映・ディスカッション

新型コロナウイルス感染症により、私たちは自由な移動を制限され、他人との接触を減らす生活を余儀なくされています。その一方で、オンラインでの情報のやり取りが日常的に行われるようになり、私たちの私生活にもビデオカメラが入りはじめています。

映像は、言葉や文化の壁を越えて情報を伝えやすい便利さがありますが、その便利さの裏側で、映像をどのように発信するか、そしてどのように読み解くかというリテラシーが求められます。また、映像に映されたことを読み解くだけでなく、映像に映されていないことを読み解くリテラシーも大切です。

映画は異文化の社会について知る格好の教材になります。多文化共生の理想と現実のギャップを埋めようと努力を重ねてきたマレーシアの経験を知ることは、混成性が増すこれからの世界と日本をどのように理解して、どのように生きていくかを考える参考になります。マレーシア映画を観て愉しむことは、マレーシアのことを知る入り口になり、また、マレーシアをより深く知ることで、マレーシア映画をいっそう愉しむことができます。

『タレンタイム』の監督として知られるヤスミン・アフマド監督は、マレーシア映画の魅力を世界に知らせ、マレーシアの映画業界に新しい風を吹き込んだことで、「マレーシア映画の母」と呼ばれています。〈わすれな月〉は、生涯で6編の長編作品を遺して2009年7月25日に51歳の若さで亡くなったヤスミン監督の作品を上映して、ヤスミン監督を偲ぶとともに、ヤスミン監督が映画を通じて描こうとした世界について考える会です。


(『ムアラフ』撮影風景)

2021年の〈わすれな月〉は上映とディスカッションをすべてオンラインで行います。ディスカッションは2部構成です。

第一部の「マレーシアの結婚・離婚と宗教―『ムアラフ』と『タレンタイム』の背景」は、『マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界 人とその作品、継承者たち』の執筆者の1人で、マレーシアのムスリム女性と家族法について研究する光成歩さんを講師に迎えて、マレー人や異宗教間の結婚・離婚事情について話を伺います。また、『ムアラフ』と『タレンタイム』を中心に、参加者の質問に答えながら、ヤスミン作品について理解を深めます。

第二部の「秘められた絵図―『不即不離』と『夕霧花園』の間で」は、これまであまり語られてこなかったマレーシア(マラヤ)の現代史を扱った2つの作品を取り上げます。

『不即不離―マラヤ共産党員だった祖父の思い出』(ラウ・ケクフアット監督)は、家族の誰も祖父のことを語らず、祖父の写真が家に1枚もないことを不思議に思ったラウ監督が、祖父の足跡をたどることで、植民地時代、戦争中、独立後の3つの時代を通じてマレーシア華人が経験してきた「語ってはいけない」歴史を知っていきます。


(『不即不離』より)

『夕霧花園』(トム・リン監督)は、第二次世界大戦中に日本軍占領という歪んだ関係にあったマレーシアと日本の因縁を超えて惹かれあう二人の男女の運命が、戦争中(1940年代)、終戦直後(1950年代)、戦後(1980年代)の3つの時代を通じて描かれます。


(『夕霧花園』より)

この2つの作品は、マレーシア華人の現代史にそれぞれ異なる視点から光を当てているとともに、言葉で語れないことをどうやって映像にして伝えるのか、そして映像で伝えられたこと(あるいは伝えられないこと)からどのようなメッセージを読み取るのかという共通点を持っています。

ディスカッションでは、アジア映画を中心に批評や編集・出版を数多く手掛けてきた夏目深雪さんと、マレーシア華人社会の研究を専門とする篠崎香織さんのお二人をパネリストに迎えて、それぞれの専門の立場から『不即不離』と『夕霧花園』の見どころを紹介していただきながら、長く止まっていた関係が再び動き出そうとするときに映像が果たす役割について考えます。

※参加費無料/要事前登録

日時
 2021年7月23日(金)16:00~7月25日(日)16:00 オンライン上映
 7月25日(日) 16:00~18:00 ディスカッション
会場
 オンライン
 上映・ディスカッションともにこちらから登録してください。

プログラム
オンライン上映
7月23日(金)16:00~7月25日(日)16:00
『ムアラフ』
『不即不離』
※『タレンタイム』と『夕霧花園』のオンライン上映はありません。『タレンタイム』は市販のDVDまたは各種動画配信サービスでご視聴ください。『夕霧花園』は2021年7月24日から全国劇場で順次上映されます。

ディスカッション
7月25日(日)
16:00~16:30 「マレーシアの結婚・離婚と宗教―『ムアラフ』と『タレンタイム』の背景」
  (講師:光成歩、聞き手:山本博之)
16:30~17:30 「秘められた絵図―『不即不離』と『夕霧花園』の間で」
  (パネリスト:夏目深雪・篠崎香織、司会:山本博之)

登壇者
光成歩(みつなり・あゆみ)/第一部講師
津田塾大学学芸学部講師。研究テーマはマレーシアのムスリム女性と家族法、多宗教社会における家族形成。マレー・イスラム世界の社会変容と女性に関する共同研究に取り組んでいる。共編著に『カラムの時代12―マレー・イスラム世界の社会変容と女性』(京都大学東南アジア地域研究研究所、2021年)などがある。

夏目深雪(なつめ・みゆき)/第二部パネリスト
批評家・編集者。アジア映画を中心に批評活動や映画本の出版を行う。共編著書に『アジア映画の森』『アジア映画で〈世界〉を見る』(ともに作品社)、『アピチャッポン・ウィーラセタクン』(フィルムアート社)、『躍動する東南アジア映画』(論創社)、『ナチス映画論』(森話社)など多数。編著書に『岩井俊二』(河出書房新社)、『新たなるインド映画の世界』(PICK UP PRESS)。

篠崎香織(しのざき・かおり)/第二部パネリスト
北九州市立大学外国語学部教授。主に華人社会の視点からマレーシアの多民族・多文化・多宗教社会を研究している。在マレーシア日本国大使館を経て現職。主著は『プラナカンの誕生─海峡植民地ペナンの華人と政治参加』(九州大学出版会、2017年)。映画関連の論文に「継承と成功─東南アジア華人の『家』づくり」(『地域研究』13(2)、2013年)などがある。

山本博之(やまもと・ひろゆき)/第一部聞き手、第二部司会
京都大学東南アジア地域研究研究所准教授。専門は東南アジア地域研究/メディア研究。編著書に『マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界 人とその作品、継承者たち』(英明企画編集、2019年)などがある。混成アジア映画研究会主宰。

作品紹介
ムアラフ(Muallaf)
ヤスミン・アフマド監督/マレーシア/2008年/97分/日本語字幕
カトリック学校で教える華人キリスト教徒のブライアンは、子ども時代に心の傷を抱えて信仰と家族から遠ざかっている。マレー人イスラム教徒のアニとアナの姉妹は父親の虐待から逃げて地方都市イポーで暮らしている。アニたちとの付き合いのなかで、ブライアンは信仰と家族に対して閉ざしていた心を開き始める。

タレンタイム(Talentime)
ヤスミン・アフマド監督/マレーシア/2009年/129分
高校生が音楽や演劇の才能を競いあうタレンタイム。決勝に残ったメルー、カーホウ、ハフィズ、そしてメルーの送迎担当のマヘシュは、それぞれ恋人や家族との関係で1人で抱えきれないほどの大きな困難を抱えたままタレンタイムの決勝当日を迎える。人はみな輝きを秘めているが、輝くかどうかを決めるのは自分ではない。
(『タレンタイム』のオンライン上映はありません。市販のDVDまたは動画配信サービスで視聴してください。)

不即不離―マラヤ共産党員だった祖父の思い出(Absent Without Leave)
ラウ・ケクフアット監督/台湾・マレーシア/2016年/84分/日本語字幕
ラウ監督の自伝的なドキュメンタリー。祖父の思い出が全くないラウ監督は、マラヤ共産党員だった祖父が植民地政府に射殺されたことを知る。マレーシアでは現在でもマラヤ共産党について公に語ることが憚られ、関係者の家族・親戚はひっそりと暮らしている。今も祖国を思いながら中国や香港、タイで暮らす元マラヤ共産党員の証言を通じて、これまで語られなかったアジア現代史の一端を明らかにする。

夕霧花園(The Garden of Evening Mists)
トム・リン監督/マレーシア/2020年/120分
日本ではあまり語られることのない第二次世界大戦におけるマレーシアの歴史とともに、一組の男女の切ない恋が紐解かれていく。物語は、亡き妹の夢である日本庭園造りに挑んだヒロイン・ユンリンと日本人庭師・中村有朋が出会ったことで動き出す。キャメロンハイランドの美しい景色を舞台に、日本軍による占領という歪んだ関係にあったマレーシアと日本の因縁を超えて惹かれあう二人の運命が、戦中の1940年代、終戦直後の1950年代、そして戦後の1980年代からなる三つの時間を通して描かれる。
(『夕霧花園』のオンライン上映はありません。2021年7月24日から全国の劇場で順次公開。詳細は公式サイトをご覧ください。)

主催
 混成アジア映画研究会
協力
 京都大学東南アジア地域研究研究所
 科研費プロジェクト「東南アジア映画の物語と表現を読み解く」
問合せ
 malaysianfilm@cseas.kyoto-u.ac.jp